板橋区・高島平の歴史&常盤台静寂な時空に包まれる天祖神社!

それでは本日のブログでご紹介致しますは、板橋区◎高島平の歴史&常盤台静寂な時空に包まれる天祖神社◎です

★板橋区・高島平の歴史★

江戸時代

■1969年よりも以前の高島平は、徳丸及び赤塚田んぼと呼ばれていた。
■江戸時代は徳丸ヶ原と呼ばれ、幕府の直轄地であり鷹場、入会地でした。
■1792年徳川幕府の砲術場になり、1841年(天保12年)5月、
長崎にてオランダ人から砲術を学んだ高島秋帆が指揮し日本で最初の西洋式 砲術調練が行われた。

明治時代

■明治時代に入った1869年(明治2年)に、「赤塚・徳丸・四葉・西台」などの村へ、
土地が払い下げられ※水田、茶畑、桑畑※などに変わる。市■1868年(明治元年)以降、
この地域は大宮県に属す。1870年5月(明治3年)には浦和県管轄となる。

■1871年12月(明治4年)東京府に併合する。

■1878年11月(明治11年)、北豊島郡に属し、1889年(明治22年)町村制の施行により、
{徳丸、本徳丸、脇四葉、下赤塚、上赤塚、成増}が併合され、赤塚村となる。

※赤塚という地名は「武蔵国豊島郡荒墓郷荒墓神社大化2年」の資料によると、荒墓より転化したとされています!

大正時代~現代

■1920年(大正9年)3月、徳丸ヶ原は「東京府旧跡」に指定。

「松月院」

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高島秋帆紀功碑  1922年12月建立
■1932年(昭和7年)板橋区が設立。
■赤塚村の「北は一望平坦にして水田遠く拓け」と言われた徳丸及び、赤塚田んぼはその後水不足や都市化の影響を受け、農地から宅地への転用が計られた。

「徳丸ヶ原公園」

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都旧跡 徳丸ヶ原碑
1922年6月弁天塚に建立 ※1968年3月弁天塚より移設

■高島平北部を西から東に流れる新河岸川は、大正時代~昭和初期にかけ、現在の朝霞市から北区(岩淵水門)間が新たに掘削。
■新河岸川と荒川は江戸時代~明治・大正時代にかけて、東京から川越間を結ぶ舟運に利用された。
東上鉄道(東武東上線)が1914年(大正3年)5月に開通した為、その役目は取って代わられる事となった。

■赤塚耕地整理組合が、1941年(昭和16年)から1958年(昭和33年)にかけて、水田の基盤整備を行う。
しかし、水の枯渇・生産性の減少により、1962年(昭和37年)末に地主から168ヘクタールが日本住宅公団に売却。
■1966年から1972年にかけて日本住宅公団により土地整理事業が行われ現在の姿に。
事業面積は332ヘクタール(3.32平方キロメートル)余り。

■1969年よりも以前の高島平は、徳丸及び赤塚田んぼと呼ばれた。
■1972年1月から団地の入居が始まった。現在の団地戸数は主に2丁目にある賃貸住宅が8287戸、3丁目にある分譲住宅は1883戸、合計10,170戸。

「徳丸ヶ原公園」

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高島平土地区画整理・竣工記念碑  1972年建立

■地域住民の主交通機関は、1968年12月に開通した都営地下鉄6号線の志村駅‐巣鴨駅間。
志村駅は、1969年8月に高島平駅へ改名。
その後、都営地下鉄6号線は巣鴨駅‐日比谷駅間が1972年6月、
日比谷駅‐三田駅間が1973年11月、高島平駅‐西高島平駅間は1976年5月、三田駅‐目黒駅間は2000年9月に開通。
都営地下鉄6号線は1978年4月に都営地下鉄三田線に改名。

■1977年8月に首都高速道路5号池袋線、北池袋‐高島平間が完成。
■2001年1月時点の団地がある2丁目及び3丁目の人口は2万4千人余り。
高島平の番地は1丁目から9丁目。総人口、5万3千人弱。町が成熟していくと共に、若い人々が巣立っている。人口は年々減少傾向にある。
■高島平団地は完成後30年余りが過ぎ、町を取り巻く樹木の生長に反し、建物の老朽化や住人の高齢化が問題とされています。

★板橋区ときわ台・天祖神社

江戸時代の文人蜀山人(太田南畝)が当社を訪れた紀行文(寛政九年:1779)に「天祖神社」について記されている。

「上板橋の石橋を越へ右へ曲り坂を上りゆく、岐路多くして判りがたし、左の方に一丁あまり松杉のたてたる所あり、この林を目当てに行けば神明宮あり」

この「石橋」とは石神井川にかかる現在の「下頭橋」を指す。
古くからこの地にいる方は、今でも「神さま」と当神社を称されている。当神社は明治5年まで「神明宮」「神明社」と呼ばれていた。
天祖神社は、旧上板橋村の産土神として古くからお祀りしている神社。
御深草天皇(鎌倉時代)の頃、伊勢神宮でお祀りされている天照大御神を勧請した伝承もあるが、どれくらい古いのかということは、不明。
昔、上板橋村字原(神社周辺の地)に天照大御神のお姿が現われた、「影向跡(ようごうあと)」が有り、
「伊勢神社」を勧請したという言い伝えもある。 (『北豊島郡誌』)
この「伊勢神社」は現在境内に「末社」としてお祀りしているが、この伝承は天祖神社の創建に深い関係があると考えられる。
この影向跡がどこにあったのかは不明。

この神社を地形から見てみると、石神井川に南面する緩やかな丘(標高32米)に位置する。
古代からこの川の近くに人々が住んでいた事を考えると、今日の神社の形態が整えられる以前、ここは聖地と考えられていたかもしれない。
上板橋村は、板橋地域のなかでも古い村のひとつ。

江戸時代以前の古道である川越街道が村内を通っている事、
付近一帯が豊島氏によって開拓された事なども考えると鎌倉から室町時代にかけて集落が形成、村人達により当神社は創建されたかと推測出来る。
江戸時代、当社の境内の様子は、蜀山人の紀行文の続きにあります。

「古杉老松を交えて大なる柊(ひいらぎ)もあり、宮居のさまもわら葺きにて黒木の鳥居神さびたり」

昭和11年、東武鉄道により分譲された「ときわ台」の地名は、常磐なる松―当社のこの「老松」にちなんだと言われている。
柊は当社の神木です。木々に囲まれた神社の作りは、江戸時代に「神さび」を感じるものであった。

神社の入り口は現在より、もっと石神井川よりで約3百米近くの参道があり、松・杉を主体とした樹木が繁茂し、昼でも暗かった。
時代の移り変わりと共に、現在では境内地も約半分になった。
しかし、駅付近に位置しながら境内に一歩踏み入ると、常磐なる杜の面影が残る境内に喧騒を離れ静寂な時空に包まれるのです。


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