【宮崎市の偉人まとめ】高木兼寛(たかぎ かねひろ)

【宮崎市の偉人まとめ】高木兼寛(たかぎ かねひろ)

【宮崎市の偉人まとめ】高木兼寛(たかぎ かねひろ)

宮崎県宮崎市の偉人、高木兼寛をまとめてご紹介致します。ビタミンの父と呼ばれ、脚気の予防を研究し、多くの人々の命を救いました。薩摩藩で育ち、18歳の時から蘭方医学を学び、戊辰戦争時には軍医として活躍をしました。

蘭方医学とは、オランダから伝わった医学の事で、江戸時代にオランダの医師を介して日本の医学が発展をするきっかけとなりました。杉田玄白らが翻訳をした解体新書がその一つです。

蘭方医学から西洋医学への関心が広がり、26歳からイギリスへ留学、イギリスの医師として称賛され大変な栄誉を受けました。帰国後は脚気の予防法としてビタミンB1欠乏症をつきとめ、治療法を広めました。

日本海軍の軍医として活躍、海軍軍医総監という最高の役職を歴任します。日露戦争の時には様々な種類のビタミンが豊富である麦飯が注目をされ、麦飯男爵と呼ばれるようになりました。

身近な食事に注目し、当時は治療法が無かった脚気の予防、治療法を見つけた高木兼寛は大変な偉人だと思いませんか?

ちなみに脚気という病気ですが、小学校や中学校の家庭科、保健体育の授業で耳にする機会があったと思います。ビタミンB1の欠乏により起きる病気の事です。ビタミンB1が不足する事により、炭水化物の代謝が落ち、体に悪い影響を与えます。

手足のしびれ、倦怠感、食欲不振などの症状で、力が入らず段々とやせ細り、江戸時代までは主な死因の一つでした。JIN-仁-という医学の漫画、ドラマで出てきた病気です。

現代では無理なダイエット、偏った食事などをしない限りは発症する心配はありませんのでご安心下さい。膝を叩いて確認する方法がありますので、気になる方は是非、お試し下さい。

現金化宮崎市カードでお金と高木兼寛まとめ